場面 |
場面紹介 |
部位 |
作者 |
出展地区 |
写真をクリックで拡大! |
5 |
五條大橋 |
武蔵坊弁慶は千本の太刀を集めるべく 999本迄蒐め、あと一口に迫
った長寛3年(1165)、京の五條大橋で横笛を吹く牛若丸と出会う。
牛若の旆する黄金の太刀を奪おうと襲い掛かるも逆に打ち負かされ
臣下の誓いをするに到った。
※牛若丸(源義経):源義朝の九男。源頼朝の異母弟。幼名牛若丸。
平治の乱での父の敗死後、鞍馬寺に預けられ後
に奥州平泉へ下り、奥州藤原氏の当主藤原秀衡
の庇護を受ける。頼朝の挙兵に馳せ参じ平氏討
滅の最大の功労者となるも、平氏との戦に於け
る独断専行や任官問題で頼朝の逆鱗に触れ朝敵
とされる。最後は再び秀衡を頼ったがその死後
頼朝の追及を受けた秀衡の息・泰衡に攻められ
衣川館で自刃し果てた。
※武蔵坊弁慶 :元は比叡山の僧で武術を好み、義経に仕える怪
力無双の荒法師として名高いが、実像は殆ど不
明である。 |
水切金具 |
カナキ
木村円二郎 |
魚吹八幡神社
吉美 |
 |
7 |
日招きの場 |
想いを寄せた市杵島姫の望みを叶える為、一日でこの難所を開削す
ることを約束した清盛は、近郷から多数の工員を集め「恩賞は望み
のままぞ。ただし工事は一日で仕上げよ」と命じた。工事半ばで潮
が満ち、掘削した堀に潮が流れ込むと、清盛は「海の神、市杵島姫
のために行う我が仕事をなぜ邪魔をする」と満ち寄せる潮を睨みつ
けると、潮が引き去ったという。あと少しで工事が完成しようとし
た頃、太陽は西に傾き日没が迫っていた。市杵島姫との誓いが果た
せなくなると思った清盛は、沈み行く太陽に金扇をかざし「日輪よ
我は清盛である。わが権威を恐れないか。さあ返せ、返せ」と叫ん
だ。すると沈みかけた太陽が中天に戻り、再び沈む頃には工事が完
成し市杵島姫との誓いを果たしたと云う。
音戸の瀬戸:広島県呉市の本州と倉橋島の間にある海峡。幅は約90
mと狭く、そのため潮流が激しく瀬戸内海有数の難所
といわれている。 |
水切金具 |
カナキ
木村円二郎 |
魚吹八幡神社
吉美 |
 |
15 |
敦盛の最期 |
一の谷で源氏の奇襲を受け劣勢になった敦盛は、騎馬で海上の船に
逃げようとしたが、熊谷次郎直実が「敵に後ろを見せるは卑怯であ
りましょう、お戻りなされ」と呼び止める。敦盛が取って返すと、
直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと兜を上げると我子・
直家と同じ年頃の美しい若武者。直実は躊躇し敦盛を助けようと名
を尋ねるが、敦盛は「お前の為には良い敵だ、名乗らずとも首を掻
いて人に尋ねよ。速やかに取れ」と答え、直実は涙乍らに首を切っ
た。この事が、直実の出家の志を強めたという発心譚が語られる。
※平敦盛 :平清盛の弟・経盛の末子。従五位下。官職にはついて
おらず、無官大夫と称された。
※熊谷直実:字は次郎。諱は直実。子に熊谷直家がいる。平家に仕
えていたが、石橋山の戦いを契機として源頼朝に臣従
し御家人となる。後に出家して蓮生と号した。 |
水切金具 |
カナキ
木村円二郎 |
魚吹八幡神社
吉美 |
 |