浜 田
[大正14年]

濱田恵美酒神社本遷宮祝の時の先代高津(現浜田南)屋台。
浅い屋根の上には、24年前(明治34年)に、
飾磨/浜の宮/宮町から購入した際の、
「梅鉢紋」がまだ残っている。
左脇には、歌舞伎市川総家の「三升(みます)紋」の幟、
右には、餅撒きの櫓も写っている。
「本遷宮」という村の祝い事に屋台を練り出したものであろう。
[昭和10年頃]
揖保川本町橋を渡る先代高津屋台。
木造の本町橋は何度も流され架け替えられている。
土手の堤も今よりは相当低いのが見てとれる。
江戸期の網干村は、姫路藩・幕府天領・四国丸亀藩京極家と所領が混在しており、濱田村も御津富嶋神社の氏子として、西の村付き合いがあるのと同時に、経済的には東の網干とも近かった。昭和50年代までは、よく網干警察署辺りへも巡行していた。 
画面右端には、先行する西の屋台の姿も見える。
[昭和10年頃]
今まさにチョーサに入ろうとする先代高津屋台。
[昭和18年]
蔵中での先代高津屋台。村の若い衆も多くは戦争に取られ、練り出しするだけでも大変であったらしい。写真の「連中(村内の同級生の集まり)」も元々は10数名だったが、写っている6名しか残っていなかったとの事。中には、祭りの翌日に召集令状が届き、出征していった人もおられたと聞く。「龍紋」の厚みが目を引く。昇り総才・総才端・水引の錺金具が美しい。
シルエットで見える狭間は、飾磨時代のままであり、場面はおそらく「義経鞍馬山」。作者は伝わっていないが、昭和29年に新調した際、三代目松本義廣が是非譲ってほしいと言った・・と伝えられる。初代か二代目の作であったかも知れない。
[平成19年5月19日]
「ザ祭り屋台in姫路」に練り出され、姫路城をバックに、
練り競う(左)浜田西(右)浜田南。
[平成28年]
念願の新調成った(右)浜田南・(左)浜田西屋台。
【平成28年】浜田南屋台新調「記念式典」=平成28年9月22日(祝・木)
 09:00 第一部:入魂の儀
 09:30 第二部:記念式典
 10:30 第三部:記念撮影
 11:00 お披露目村練り巡行
 17:00 蔵入
 尚、雨天の場合は「入魂の儀」のみ行い、「村練り巡行」は10月2日()に延期。
(但し、2日も雨の場合は村練り巡行は中止)
展示会出品
二股伊達綱(浜田南=旧) @平成14年(2002)「祭礼図絵馬にみる屋台装飾展」
A平成20年(2008)「匠の技−播州祭り屋台伝承展」
男柱金具(浜田南=旧) B平成17年(2005)「匠の技−播州祭り屋台錺金具展」
C平成20年(2008)「匠の技−播州祭り屋台伝承展」
擬宝珠・露盤(浜田西=現) D平成17年(2005)「匠の技−播州祭り屋台錺金具展」
男柱金具(浜田西=現) E平成17年(2005)「匠の技−播州祭り屋台錺金具展」

寄贈・寄託物件
文化財 最終寄贈・寄託地区 寄贈・寄託先 区分
寄贈 寄託
二股伊達綱 富嶋 /浜田南 @姫路市書写の里・美術工芸館 平成13年